お久しぶりです。私は元気です。歩くの大好きです。



さて、本日4月1日に投稿された合作『チャー研交響曲』に参加しました。
合作に招待されたのは昨年12月。動画制作者としては何気に2016年のエ"エーイプリルフール合作以来になります。お誘い頂き本当にありがとうございました。主催者・参加者の皆様お疲れ様でした。また視聴者の皆様ご視聴誠にありがとうございました。

以下自パート解説です。



01
ボーカルは基本的にひばり児童合唱団なので映像は特に意味を持たないのですが、「おジュ魔女いずみ」(本家・2017合作のリメイクパート)にて本シーンが使われたこともあり、他に載せる映像が思いつかなかった事もあるのですが「ここからおジャ魔女のチャー研MADが始まるよ!」というアピールの役割を果たしてもらっております。

02
敗北者が流行っていたころは別作品を動かすので精いっぱいだったので、せめてここで表情だけでも使いたいと思って使いました(基本ひばりボーカルも一回やってみたかったんだ~ってノリ)。今更敗北者かって感じですが、制作当時はブーム真っ只中でした。
さて今回のメドレーは元々「Z会交響曲」用に制作されたメドレーでした。そんな謎のリスペクトを込めて研君には菜食主義者を敵に回させる事にしました。映像中の野菜は「おジュ魔女カーニバル!!」から拝借しているものなので、往年のチャー研MADファンならアア~!となった事と思います(ならねえよ)

03「コントロール室だ、行ってみよー!」という台詞、上手く切り取れば「オールスター」に聞こえるんじゃね?と前々から思っていたのをここで実験した形になります。実験の結果、字幕を入れる事にしました。ちなみに出てくる奴らが全然チャー研オールスターっぽくないのは私の素材収集不足です。ディヒーン!(すまん)

04
ドーン!どこかしらには本家おジャ魔女要素を入れようと思って探していたのですが、検索の仕方が悪いのか高画質画像が見つからず16になりました。

05
画面フチは初期のチャー研合作でお馴染みパート名&担当者案内です。動画が基本的に16:9にて制作される時代になってからは全く見かけない存在であったので、16:9にて蘇らせてみたと同時に45周年を迎えるチャー研周辺事象の過去に目を向けるアプローチとしています。担当者が記載されていないのは、ここに「ケフィア」と書けば「生きてたのか」とかコメントが付きそう→別にそれは狙いではない、という事でここでは記載をやめました。SNSの削除はこの時点で既に決めてたことで突発的なものではありません。

06
元々は先生も鳥葬される予定でしたが、音声から先生を取っ払った時の方が軍艦じゃんけんっぽいノリでスッと耳に入ったので、先生は鳥葬を免れました。おジュ魔女ではこの辺にキチガイってワードも出てくる事から、キチレコ→火葬としました。レコードから発火したら普通流れで家全焼するよな…って事です。知り合いを火葬してからわずか数か月でこんなもん作ってる作者の気が知れない。

07
おそらく問題のシーンと感じたところではないでしょうか。すみません。私個人的には自パート全部が問題のシーンだと思ってます。制作は昨年12月なので別に自分の合作でどうこう言われた腹いせではありません。顔の部分が(煩)という文字で隠されている方は近年のバラエティ番組によくある手法を取り入れてみました。

08
ここらへんの一連の展開は、漫画「でんぢゃらすリーマン」内のエピソードのうちSNSでバズってたあのシーンをなぞっています。

09
「お許しください!」という台詞、研の台詞から持ってくると調教が大変難しいなと感じていたのですが、ボルガダイナマイトから持ってきたらそれっぽく行けるんじゃね?という事を少し前から考えていたので、取り入れました。

10
おそらく既存チャー研MADではここらへんの歌詞をなぞる事はしてなかったよな…やるか!(M)という事で5秒ほどボルガ単独ライブとなりました。飛んで走って~はナックアニメ難民祭で得た知見を活用して埋められたのですが、最後にボルガを無理やり回すために背面はミラーやら方向ブラーやらとごまかしてくだ祭状態でした。

11
「〇〇は〇点⇔〇〇は〇点」という対比ネタ。自分が観た限りZ会とバトルドームくらいですがチャー研でもやりたく思いました。実際に近年のチャー研グッズを全部揃えたらいくらかは知らないですがモナリザを含めれば他は端数だろうという事で百億円としました。数十円のボーカルはDA PUMPです。

13
年中無休→年中無能という改変ゴールだけ思いついて逆算的に作った部分です。ラストの爆発オチは結果的に当時旬だった爆発を取り入れたものになりましたが、そうなる前の段階では「無能、ミサイルを誤射」という風にメモ書きが残っておりました。続けて「地球爆発」「星君だけ生還」「ローソン」と書かれてありました。こいつは残りわずかの間にどれだけの事を詰め込もうとしていたのでしょうか。



以前のSNSアカウントがあるうちに参加・提出して公開を控えていたものは以上です。クローズドな合作企画だったにも関わらず一部で喋ってしまった事に関しては申し訳ないと後から思いましたが、まさか消えねえだろうと思わせられるよう戦略的に公表した側面もありました。
そんな訳でチャー研45周年おめでとうございます。今後もよろしくお願いいたします。